ノッポさんの徒然日記

サラリーマン生活をしているアラサーの日記

自転車人生

突然、友人から、今の自分を変えたいと、相談を持ち掛けられた。

周りからどう思われているのかが気になり、行動がすべて、
周りから悪く見られたくないためのもの、になっているという。
これを変えたい。

実際、そのとおり。
彼女自身が選んだ行動にも関わらず、実感が得られず、
背伸びした生活が、苦しいとのこと。

これ、まさに不幸度をあげる悪習の1つ、
『他人の価値観で生きる』ということ。

他人から見た自分への評価は、他人が決めること。
これに、自分が介入しようとすると、話が、行動がおかしくなる。

身近な例をあげると、働き者の母。
残業100時間超も軽くこなせてしまう、
スーパーマンのように見えるが、実は逆。
自分への評価を良くしたい、悪い自分を隠したい人にありがちな行動。
日本企業のほとんどに、文字通り身を粉にする人(ロボット)こそ、
会社や組織に対する忠誠心として判断する風潮があるから。
ロボットは、壊れたら捨てる。
だから、皆捨てられてしまう。
人間も、モノも、消費社会なのだから。

だから、東京で大雪の後、家の周りや近所が雪にまみれ、
通行不能でも、革靴をダメにしてでも、黒装束に身を包み、
人のあふれた駅へ向かい、ああ寒い寒いと、来ない電車を待ち続ける。

こりゃあ、どう見ても、不幸だなーと。

彼女には、そうなってほしくない。
幸せになってほしい。

そこで、自転車を始めることを、薦めた。
自分と向き合うための、スポーツとしての自転車を。



私は、自転車は人を変えると、わりと本気で思っている。

こんなにも、エネルギーロスが少ない乗り物は他に無いし、
なにより、人間を幸せにしてくれると確信している。

スポーツ自転車 (以下ロード)との出会いは、6年前、大学1年生のとき。
財務長官殿より、ロード通学のほうが経費削減できると判断あり、
やや一方的に、トレック1.1αを与えられた。
よく分からないが、10万円近くする高級車をタダでもらえたワケで、
無邪気に喜んだ。
その後に待ち受ける、試練があることも知らずに。。



父が、NHKで変な番組にハマった。

『男自転車二人旅~イタリア1200キロを行く~』

どうやら、中年のオヤジ×2が、自転車でイタリアを走るらしい。
ふーん、と思っていた矢先、

父:「みんな(父母自分弟)で、しまなみ海道に行こう!」

という話になった。

しまなみ海道は、四国・本州間にある小さな島々を、
いくつかの橋でつないだ道で、自転車専用道があることで有名。
世界中のサイクリストも訪れるほど。

どうしてこうなったかは、分からない。
分からないけど、毎日50㎞ずつ走ることになった。

今覚えているのは、辛い・痛い・帰りたいという気持ちに押しつぶされた事。
逐一、「あと何キロで休憩なの!」と、ブー垂れて、迷惑をかけた。
本当に、根性ナシの、ダサいドラ息子だったと思う。

このネガティブな感情は、思いもよらぬ瞬間に、
まったく新しい感情に変化した。



大学1年の夏、サイクリング部の北海道合宿に参加。
毎年、「狩勝峠」という長い坂を登る風習があるらしい。
聞くところによると、激坂らしい。

どういうわけか、毎日自転車通学を続けていたためか、
部内では、一番速かった。
毎日の通学往復26㎞は、もう苦ではなくなっていた。

「一番乗りで、登りたい。」

麓で、心のどこかで、そう思った。

最後尾から登り始め、次々とメンバーをパス。
苦しそうに、汗だくになったメンバーを横目に、
淡々と上った。
汗が目に入り、強い痛みに襲われた。

「暑い、辛い、帰りたい。。。」

これは、しまなみ海道でも感じた気持ち。

「・・・それでも足を付いちゃいけない!!」

はじめて、”弱い自分”を認識し、
”弱さ”への対抗心を持った瞬間だった。

結果、2位に30秒以上差をつけ1着。


自転車には、不思議なチカラがある。

これまで、沢山のスポーツをかじってきたが、
こんなにも自分の限界に近づけるものは、無いと思う。

自転車は、ユーザーの思う方向に進む乗り物。
長い峠を上っていても、途中で帰ろうと思えば、
ハンドルを反対方向に切れば、帰ることが出来る。

他のスポーツと違うのは、自分のカラダだけでなく、
カラダを操作することによって、バイクを操作すること。

これって、すごく重要。

ランニングは、すぐに足を止めれば止まるけど、
バイクは、すぐには止まらない。

図式化すると、こんな感じ。

ランニング:
止まりたい⇒足を止める⇒止まった。

バイク:
止まりたい⇒足を止める⇒ブレーキを引く⇒止まった。

道具がある分だけ、より多くの決断をするチャンスがある。
だから、小さな動作1つ1つのなかで、自分をコントロールする必要がある。
これを繰り返し行う事で、自分のクセを知る事ができる。

自分のクセに気づき、弱い自分を認識し、
それを改善させていくと、より理想の自分に近づける。

それを怠れば、もちろん現状維持。何も変わらない。
何も変えないという決心を捨てるまでは、ずっと同じまま。
クセは、日常生活での決定でも無意識に出てしまうもの。
よって、クセを変えるということは、日々の意思決定さえも
変化させることができる。



こんな話を延々と続け、ちょっとやりすぎたか?と思った矢先、

友人:「ロードバイクで、坂道を登りたい。」

・・・ふーん。

「峠いきたい。」

・・・風張林道でも連れて行こう。

自転車で、幸せになってもらえるように、
最大限のバックアップを、してみようかな。

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